カテゴリー別アーカイブ: 日々雑感

新型コロナウイルスから、誰が障害のある人を守るのか?〜国連人権専門家の談話〜

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国連人権専門家のカタリナ・デバンダス・アギラール(Catalina Devandas Aguilar)氏

国連人権専門家のカタリナ・デバンダス・アギラール(Catalina Devandas Aguilar)氏が、世界的に猛威を振るっている新型コロナウイルスの感染に対して、障害者がどの様な現状に置かれ、どう世界的脅威から障害者を守られなければならないのか、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のweb siteに談話を寄せているので、転載させていただきます。
氏は二分脊椎症を有する車椅子のコスタリカの弁護士です。そして、国連特別報告者でもあり、障害者権利条約の創設に関わっています。
氏の談話を日本の障害福祉の現状に、すぐに適応させることは難しいところがあるかもしれませんが、日本の厚労省から五月雨式に発出される緊急の事務連絡とは違う、障害のある人への本質的な支援を行うための方策を考えるためにとても重要な指摘です。
余裕ができたら日本語に翻訳しますが、とりあえず英語ヴァージョンをそのまま転載します。これを期に福祉協会事務局職員も英文読解力を養い、世界の発信から素早く情報収拾できるようにしましょう。福祉協会事務局の某“偉い”人の様に外国語アレルギーや外国人コンプレックスでいてはいけませんよ。(笑) 続きを読む

[日々雑感]差別と排除を策動する者達の醜い情念〜中華街飲食店への怪文書と私宛への怪文書から思うことなど〜

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** 横浜中華街の広東料理店「海員閣」に届いた中国人を差別・中傷する差出人不明の怪文書–Twitterに投稿された「海員閣」tweet

新型コロナウイルスの世界的な蔓延に伴い、2020年3月下旬の現時点、感染者数が激増しているヨーロッパやアメリカで、アジア人だとういうだけで差別感情を向けられ、暴行事件まで起こっていることが報道されている。日本国内でも感染源とされる中国人への差別的な言辞も多数報道され、その中でも、横浜中華街の複数の飲食店に、中国人を誹謗し、中傷する文書が入った封書が届いていることが判った* **。この様な陰湿且つ卑劣な行いをする者は極少数の心無い人間に過ぎないと思いたいところだが、民族差別・排外主義を扇動する者達、所謂、「ネット右翼(俗称:ネトウヨ)」のインターネット上の差別投稿は固より、一時期に比べて参加者は少なくなったものの、愚かな彼らの路上での街宣行動・示威行動を見るにつけ***、日本国内でも民族差別・排外主義者の猖獗が憂慮される。

* 「横浜中華街ヘイト封書 飲食店組合、県警に被害相談」『毎日新聞』2020年3月7日配信記事
*** 「都内で中国人排斥デモ 新型肺炎口実に極右団体」『神奈川新聞』2020年3月1日配信記事


横浜中華街の飲食店への匿名の差別文書が送りつけられたのは3月3日、そして、私もここ数年、3月になると否が応にも思い出してしまう嫌な経験がある。
斯く言う私にも、2013年3月6〜7日頃(正確な日付は失念した)に、私個人を誹謗・中傷し、精神障害者への差別感情丸出しの差出人不明の怪文書が郵送されてきたことがあり、横浜中華街の飲食店への差別怪文書を見て、フラッシュバックした(トラウマになっている)のであった。 続きを読む

品川区集会室使用規制違法裁判和解のお知らせ

以前、関連するこちらの記事訴訟開始の告知記事でもご紹介しましたが、私たち東京南部労働者組合(南部労組)はこれまで、組合事務所のある近隣の品川区(東京都)の区民集会所を利用してきました。しかし、2016年に品川区は区の集会室利用の際の団体登録の更新を求め、組合員全員の個人名簿の提出と「品川区民以外の利用は認めない」旨の要求を行い、事実上の利用制限を課し、それを不服として私たちは品川区を東京地裁に提訴しました。

個人名簿の提出や区民以外の参加を認めないなどという品川区の対応は、プライバシーの侵害であることも明白な上に、公の施設の利用を妨げてはならないことを規定した地方自治法第244に反する不当なものであり、集会・結社の自由、検閲の禁止、通信の秘密を謳った憲法第21に対する重大な侵害です。これまで、品川区の区営集会所の利用制限について品川区に情報公開を要求し、利用制限の撤廃を求めて、品川区民・集会所利用者に抗議ビラ配布やアンケート調査を行っておりましたが、2018年12月18日、前述の様に南部労組を当事者として、品川区を相手に訴訟を提起しました。まずは窓口で登録申請手続きを受け付けないことに対し、「不作為違法確認等請求事件」として訴える内容です。
2019年3月5日に第1回口頭弁論が開かれました。この審理から、利用者登録の申請する地位にある「地位確認訴訟」に切り替え、5月10日の第2回口頭弁論、6月25日の第3回口頭弁論、8月20日の第4回口頭弁論、10月29日の第5回口頭弁論と裁判は進行しましたが、12月10日の弁論準備手続きで、組合側の和解提案を品川区が受け入れる形となり、本訴訟が和解・終結へと進みました。

そして、2019年12月26日、品川区は「労働組合資格証明証」の確認のみで、私たち組合の団体登録更新申請を受理、新たな団体登録証が発行されました。
この私たちの闘いは小さな闘いではありましたが、昨今、公共施設が様々な理由で集会等の規制を強めている風潮に対して、理不尽な行政の対応や介入に黙って従ってはならない、集会・結社の自由を守れ!という法廷闘争は、その社会性と成果において大いなる意義があったと確信しています。
南部労組の報告記事を以下に転載いたします。 続きを読む

映画評「家族を想うとき」

年末年始の休みで、ケン・ローチ(Ken Loach)監督の映画「家族を想うとき」(2019)を観ました。
ケン・ローチ監督はイギリスの映画監督で、主な作品のモチーフとして、貧困・ホームレス・労働などの社会問題を取り上げることで良く知られ、その社会批評への眼差しから、高い評価を得ている監督です。

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JOSS BARRATT, SIXTEEN FILMS 2019 / © SIXTEEN SWMY LIMITED, WHY NOT PRODUCTIONS, LES FILMS DU FLEUVE, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, FRANCE 2 CINÉMA AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

邦題「家族を想うとき」の原題は“Sorry We Missed You”です。最初、“Sorry We Missed You”は「(私たちは)あなたがいなくてさびしい」という意味かな?と思いましたが、どうも宅配便の不在票の決まり文句で「お届けに来ましたが、ご不在でした」という意味らしいことが、映画を観ていて解りました。映画の主人公リッキーは宅配便の運転手・配達員です。
洋画を観る際いつも原題は何かをチェックしていますが、この映画も“Sorry We Missed You”を敢えて「家族を想うとき」とする理由が解らず、原題そのままの方が良かったのでは?と思いました。しかし、“Sorry We Missed You”を「お届けに来ましたが、ご不在でした」という邦題にすることもできたでしょうが、「家族を想うとき」はこの映画の主人公目線から、そして家族から見えた主人公(夫・父親)は“Sorry We Missed You”なのだろうと、邦題「家族を想うとき」は“想い”のベクトルの違いについて、割と練られて付けられたのかもしれないと、映画を観終わってから考え直したのです。

映画のあらすじは、本作の公式サイトをご覧いただければ、大凡のことは解ると思いますが、以下の通りです(記憶を元に書いているのでディテールに若干間違いがあるかもしれません)。
director_photo_02舞台はイギリス北東部。元建設業だった主人公のリッキーは家の購入の為に宅配業の配送ドライバーとして宅配運送会社と「個人事業主」として業務請負、フランチャイズ契約を結びます。そこで会社の現場監督のマロニー(この役を演じている人は俳優ではなく現役の警察官らしいが、やけに演技が上手い)から「勝つも負けるも君の頑張り次第だ」と告げられます。しかし、配送車をレンタルするか購入するか、いずれにしても多額の初期投資を強いられます。配送車の購入資金の為に、介護士の妻アビーが訪問介護で使用している自家用車を売り、配送車を購入します。この様にフランチャイズ契約で働き始めたリッキーですが、思っていた様な報酬を得られず、週6日・1日14時間も働く羽目になり、家族と一緒に過ごす時間などほとんどなくなりました。配送車の購入を巡っても妻アビーとの関係も悪くなり、夫婦間のいざこざや家庭を顧みる余裕のない両親の生活は、子供達の情緒にも悪影響を及ぼします。
配達スケジュールに拘束され、休むこともできず、何かと契約上の罰金や損害賠償で雁字搦めにされ、個人事業主で仕事の請負にも拘らず、自由で裁量的な働き方など全くできないことに驚きます。これでは雇用され、管理監督されている労働者と何ら変わらないばかりか、おまけに「個人事業主」の為、労働者保護の権利も及ばないという過酷な労働の現実がありました。 続きを読む

謹賀新年 〜Happy new year!〜

first sunrise 2020

First sunrise of the new year 2020

あけましておめでとうございます Happy new year!

旧年中は我が組合への多大なるご支援をいただき厚く御礼申し上げます
本年も引き続きご厚情賜りますようお願い申し上げます

We much appreciate that a lot of workers and people supported our union in 2019. Furthermore, we hope we would be supported by everyone continuously in 2020.

生きづらさを抱えるみなさん、闘う労働者のみなさんの前進と勝利、そして、戦争や搾取、差別、雇用不安のない平和な社会が世界に訪れるようにがんばりましょう!

We will try to promote treatment and welfare for workers and for people with disabilities. Let’s fight against war, exploitation, discrimination and unstable employment, and build a peaceful world. Unite!

2020年1月1日 Jan. 1st, 2020

東京南部労働者組合・日本知的障害者福祉協会
組合員一同

The branch labor union for secretariats of Japanese Association on Intellectual Disability(JAID union/Nanbu Roso)
All union members

[日々雑感]MS-Access 実行時エラー ‘3340’:「クエリ’xxxx’は破損しています。」への対処法 〜「飲水思源」を想う〜

今回はコンピュータのお話。職場の問題ともそんなに関係がない…訳でもないネタだが、困っている人は協会の職場内外にもいらっしゃるかもしれないと思ったので、事務連絡を記事にした。そしてついでに、当該と同世代の人達、知っている人には懐かしいと思うので、息抜きの思い出話も。コンピュータの話なんて興味ない!という方はこの辺からどうぞ。

2019年11月14日、福祉協会の基幹会員管理関係のデータベース・システムのアプリケーション開発の基になっているMicrosoft社のAccess(Jet Database Engine & Aplication開発ソフトウェア)で、Update Queryを実行しようとすると、「実行時エラー ‘3340’: クエリ’xxxx’は破損しています。」とアラートが出て、処理が行われなくなってしまった。
こんなエラーメッセージは初めて。「え〜?何で…?」と言う訳で、インターネット上で同様の現象について調べてみたら、Microsoft社のweb siteにこの様なお知らせが載っていることに行き着いた。

どうも、2019年11月13日のWindows OSのupdateに依ることが原因らしい。全く余計なことしてくれるぜ。で、しかも、修正パッチは12月10日とのこと*。各フォームやレポートでデータの整合性を保持するために、バックグラウンドで実行させているUpdate Queryがエラーを起こすとレコードの保存や自動的に処理させていた“名寄せ”に支障を来す。一時的な対処法、SQLの構文書き換え例も載っていたが、バックグラウンドで実行している全てのUpdate Queryを変更することは、かなりシンドイ作業だ。

* 2019年11月26日に再確認してみたら、MS-Accessのversionにもよるが、修正パッチの配布が早まったので少し安心。 続きを読む

[集会報告]骨格提言の完全実現を求める10.30大フォーラム〜「ゆにおん同愛会・なんくるブログ」報告記事から〜

image2019年10月30日、「『骨格提言』の完全実現を求める10.30大フォーラム」(以下、各年を総称して「大フォーラム」と略)が東京都千代田区・日比谷野外音楽堂で開催された*

* 本来であれば、当該が直接参加していなかったり、関わっていない事柄や職場闘争、障害福祉関係以外の記事は、補足的な記事として、Wordpressの投稿フォーマットを標準フォーマットとは違うレイアウトにしていますが、過去参加したことを踏まえて、標準レイアウトの本記事としています。

この「大フォーラム」には、我々南部労組・福祉協会も賛同団体の一員とさせていただいている。また、東京南部労働者組合の組合員で、障害者の地域生活支援に関わる組合員や重度身体障害のある組合員や、全日本手をつなぐ育成会の旧知の元事務局員も実行委員会に委員として参加している。但し、当日、組合員である私は『さぽーと』2019年11月号の入稿作業に追われて、参加できなかった。
特に、私的に集会や会合でご懇意とさせていただいている宇都宮健児弁護士(日本弁護士会元会長・東京市民法律事務所)も初期の「大フォーラム」から、参加・発言されているので、私も参加したいのはやまやまなのだが、「大フォーラム」は平日、日中に行われるので、勤務の関係で参加が困難なのが残念である。
しかし、昨年の「大フォーラム」当日、協会事務所でネットワーク障害が発生し、仕事にならなくなったので(不幸中の幸い?…笑)、急遽、半日の年次有給休暇を取り、参加することが叶ったのであった。

実は、日本障害フォーラム(JDFが主催した、2011年の「創ろう みんなの障害者総合福祉法**を! 10.28 JDF 大フォーラム」には、協会行事である全国会長・事務局長会議の2日目プログラム終了後に、同じく協会事務局『さぽーと』編集部のIさんと一緒に別件の取材に行った後に、合わせて取材として立ち寄り、参加したことがある***続きを読む

[日々雑感]人間を選別することの傲慢さへの不快感と危惧〜不適性検査について〜

哲学者イヴァン・イリイチ(Ivan Illich)は、“脱”産業社会を目指し、コンヴィヴィアルConvivial: 適当な日本語の訳語が見当たらないが、強いて言えば「自由闊達で友好的な楽しさ」と言ったところだろうか、訳本*では「自立共生」と和訳されている)な社会を理想として、それを阻害する道具(システム)の使用を抑制すること説き、実際に実践していた。イリイチは「コンヴィヴィアリティのための道具」としてコンピュータを挙げており、それがインターネットの普及に繋がったという見方もあったりする**。これは当時のカウンターカルチャーとしてコンピュータ(ネットワーク)が捉えられていた時代性もあるのではないかと思うが、現在、あっという間に性能が陳腐化してしまう市場経済のシステムに組み込まれた商品となったコンピュータ、グローバルな寡占プラットフォームになってしまった“GAFA(Google-Amazon.com-Facebook-Apple Inc)”、CIANSA元職員のエドワード・スノーデン(Edward Snowden)が暴いた国家権力の監視システムとして、インターネットが、ジョージ・オーウェル(George Orwell)が『1984年』で描いた「テレスクリーン」を彷彿とさせる事態を招いている今日、もしイリイチが生きていたら、この現状においても、管理社会的な統制からの自由のための道具と考えただろうか?と思う。

* イヴァン・イリイチ(著)/渡辺京二・渡辺梨佐(訳)『コンヴィヴィアリティのための道具』筑摩書房 2015
** 古瀬幸広・廣瀬克哉(著)『インターネットが変える世界』岩波書店 1996

「コンヴィヴィアリティのための道具」であった(あってほしい)コンピュータやインターネットが、人々の欲望を掻き立てる資本主義のシステムに内包されている現状を十分に認識しつつ、当該自身コンピュータやインターネットには結構昔から馴染んでいて(好きか嫌いかは別にして)、今もあるのかわからないが、懐かしのnewsgroup、“fj”の時代から、今時のいわゆる各種SNS(Social Network Service)を使って、インターネット上で友達(大体の人はリアルで少しでも付き合いのある・あった人)と交流したり、知り合ったりしている。友達の近況も知ることができるし、全く知らなかった、関心がなかった情報に接することもできるし、私自身の(たあいないものではあるが)情報発信の手段として有効に活用している。

…で、唐突に話が変わるが、最近、Facebookのタイムラインやweb広告に「不適性検査スカウター®」という広告が頻繁に表示されるようになった。
謳い文句は「\中小企業向けの適性検査/ 頼まれた仕事を忘れる、サボり癖がある、何度も同じミスをする を見抜く不適性検査」というもので、これまで、企業での採用試験で適性検査を行っていることはあっても、「不適性検査」まで登場するとは!と驚いた。と、いうのも企業の採用試験で求められるのは必要な能力であり、適性であり、あくまで応募者のpositiveな面の評価によって、公正な採用を行うことが示されているからである***。しかし、結果として応募者が「不適性」を有することは、現実的に選考過程において、選別は避けられないことも理解できなくはない…が、そこには何某かの排除の論理をシステマティックに正当化することに繋がる危惧を抱くからである。

*** 厚生労働省「公正な採用選考の基本」 続きを読む

[職場闘争]“狡兎死して走狗烹らる”は侮辱的な表現か?【続編】〜古典に学ぶ自律的な生き方〜

2019年8月27日付け「反論及び回答要求書」で、協会に反論と其の申し入れの意図するところの回答を要求した。そして、其の回答が、回答期限である9月9日(月)にファクシミリで組合事務所に届いた。

此処で一つ協会の対応で偉いと思うのは、此れ迄、組合からの何度か団交要求でも抗議への回答要求等を行なって来たが、質問への拒否回答も含めて、大体は期限には回答を返してくる(遅れるなら遅れるで連絡が来る)ことである。此れには敬意を表する。
但し、其の中身は今回もそうだが、残念ながら誠実且つ的確な回答とは言い難いのは遺憾である。

726協会前&社会福祉士養成所情宣時の協会職員の反組合的敵対行為についての開き直りについては、一先ず置いておくとして、“狡兎死して走狗烹らる”については、明らかに曲解・誤読…言いがかりの類であって、「やれやれ、困ったな」と思うものであった。
少し、該当箇所を引用してみようか(一部伏字)。 続きを読む

[職場闘争]“狡兎死して走狗烹らる”は侮辱的な表現か?【後編】〜古典に学ぶ自律的な生き方〜

【前編】で、“狡兎死して走狗烹らる”の語源について、呉越の戦での功労者である優秀な臣下の范蠡や大夫種の成功と悲劇の光と陰と、「国士無双」とまで評された韓信の漢の平定後に起こった、妬みや己の権益の為に平気で仲間を裏切る臣下共の讒言による不当な処遇、韓信自身の責めに帰する処もあるとはいえ、結果的に一族が殺される非業な運命を強いられた逸話を、原典に当って解説した。
此れの一体何処が“侮辱”に当たるんだか判らんが、此の故事成句を知っているのなら、寧ろ、春秋戦国時代の有能な武将に譬えられていることになるので、「いや〜、ちょっと褒められ過ぎですよ」と謙遜くらいしてもいいんじゃないか。(笑)

「烹られる」側について言えば、韓非的な言い方で言うならば、君主と臣下とでは其々の利害が異なるので、君主や組織に忠誠を誓い、功績を上げたとしても、「烹られる」側は必ずしも報われるとは限らないということだ。
どういうつもりか判らないが、労働者の団結や正当な組合活動に敵対的な行動を取ることが、組合嫌悪・組合敵視著しい協会管理職に現状追従した方が得だと判断したのなら、結局は労働者の権利や労使対等な関係構築を損なわせることになり、何れ己の労働条件・職場環境に其れが跳ね返ることになる。「汝の部署を放棄せよ!汝の価値に目醒むべし!」*と越の范蠡が思ったかどうかは解らないが、范蠡の様な自律的な生き方を学ぶべきである。 続きを読む