[職場闘争]“狡兎死して走狗烹らる”は侮辱的な表現か?【前編】〜古典に学ぶ自律的な生き方〜

2019年8月16日(金)に協会顧問弁護士から「申入書」がファクシミリで組合事務所に届いた。

何についての「申入」なのかというと、本組合掲示板ブログの記事「[職場闘争]726協会前&社会福祉士養成所 東京スクーリング情宣行動〜66都労委審問報告と社会福祉士養成所のスクーリング参加者に福祉協会の実態を訴える〜」において、当該情宣行動の際の協会職員の敵対的で不穏な言動を取り上げて、“批判”したことへの抗議と記事削除の申し入れである。

さて、抗議を受けた当該記事の中で、協会事務局職員某が毎度毎度、組合情宣時に事務所から飛び出して来て、監視や誰かに通報していることを評して、

「組合嫌悪・組合敵視著しい協会管理職の覚え目出度く、こんなことをしているのかもしれないが、『史記』にある狡兎死して走狗烹らるという言葉を知っているか?」

(2019.9.20追記)2019年7月28日、記事掲載時の記述 

と書いた。
ところが「申入書」によると、

「“狡兎死して走狗烹らる”などと協会及び協会職員を侮辱する表現が用いられて」

いる、とのことだ。

当該記事の「知っているか?」という問い掛けは、少々嫌味な表現かな?と思ったことは確かだ。何故なら、協会管理職も件の職員某も一応大学を出、高等教育を受けているので、当然その意味を知り、謂わんとする真意を理解出来る程度の教養と読解力を持ち合わせているだろうと思っていたからである。
なので、「“知っているか?”とは何だ。失礼な!」という抗議ならいざしも、びっくり仰天、そっちかよ!?
どうやら本当に知らない、若しくは、理解出来ないらしい。

他にも抗議内容は幾つかあり、其れへの対応は本記事【後編】に記すが、本編では此の件を取り上げて批判・反論というよりも、此の古諺の意味する処を示しておきたい。
尚、一般的な組合活動や障害福祉、月刊誌『さぽーと』や協会事務局の内輪ネタでは無いので、興味の無い方は、本編の当該の趣味的な解説、「また、ウンチクかよ、ウゼェ…」と思った方は【後編】へどうぞ。

当該は中国の古典文学や歴史に詳しい訳でも何でもないが、此れ迄、学校教育や個人的な興味、読書体験から、一般教養として知り得た中国の古典である『史記』や『論語』から引用し、協会事務局批判や基となる文献講読を推奨してきた(こちらこちらの記事等を参照)。
此の度引用させてもらった“狡兎死して走狗烹らる”は司馬遷が編纂した『史記』の「越王勾践世家」にあり、又、関連する話として同義の表現である“狡兎死して良狗烹らる”は同書「淮陰侯列伝」にある。

親切にも程が有ると自分でも思うが、該当箇所の引用と概略を記して、其の謂わんとする処を考えてみよう(当該の個人的感想も含む)。


『史記』越王勾践世家 第十一

蜚鳥尽 良弓蔵 狡兎死 走狗烹
「『飛鳥尽きて、良弓蔵られ、狡兎死して、走狗烹らる』ということばがある。越王は生まれつき頸が長く、喙は烏のようだ。あれとは苦難を共にすることができても、安楽をともにすることはできぬ。そういうひとである。どうしてそこもともたちのかれぬのか」
司馬遷(著)/小川環樹・今鷹真・福島吉彦(訳)『史記世家(中)』岩波書店 1982年より

これは、幾度もの呉越の戦で遂に呉を打ち負かし、越の覇権が強大なものとなった後、越王勾践の有能な大臣(武将)である范蠡は先見の明により越を去り、斉に移住した際に、越に残っている、范蠡と共に越王の勾践を支えた大夫(大臣)種に書き送った手紙である。この手紙を受け取った大夫種は警戒はしたものの、反乱を企てているとの讒言により、越王勾践から自死を迫られ、自殺することになる。

『史記』の「世家」はその家系・出自を追って書かれているが、長年の呉越の戦で越に勝利を齎したのは有能な家臣である范蠡と種に依る処が大きく、越王勾践自身は、後述の様に其の意気込み・ネガティブなモチベーションの強さは解るが、一方日和見主義者でもあり、読んでいても今一つ指導者としてぱっとしない。大夫種は謀略により非業の運命を遂げることになるが、一方の范蠡は野に下った後、商才を発揮し、企業家として大成功を収める*
尚、この話には“臥薪嘗胆”の語源となった“嘗胆”の逸話も登場する**

* 『史記』貨殖列伝 第六十九には、「官位をもたない全くの平民でも、政治の害にはならず、人びとの活動をさまたげるものもなくて、うまい時機をみはからい物の売買をし、それでもって富を増やす。知あるひとは、そこから得るところがあるだろう」と、司馬遷は冒頭で述べ、中に范蠡の話が出て来る。越の家臣であった時代も、単に戦闘に強い武将であるばかりでなく、軍需・兵站にも長けた智将であったことが描かれている。司馬遷(著)/小川環樹・今鷹真・福島吉彦(訳)『史記列伝(五)』岩波書店 1975年
** 越王勾践は「会稽の恥(呉越の戦において呉王夫差に会稽山に追い詰められた越王勾践は、已む無く和睦せざるを得なかった)」を忘れぬ為に、「王の座のそばに胆をおき、起き伏しのたびにその胆に目をそそぎ、飲食のときにも胆を嘗めて…(置胆於坐 坐臥即仰胆 飲食亦嘗胆也)」と呉への復讐を誓うのであるが、“狡兎死して走狗烹らる”の寓意も知らない協会事務局管理職はこんな話も知っているかどうか…。

『史記』淮陰侯列伝 第三十二

狡兎死 良狗烹 高鳥尽 良弓蔵 敵国破 謀臣亡
「やはり人が言った通りだった『すばしこい兎が殺されたあと、良い猟犬は煮殺される。空飛ぶ鳥がとりつくされると、りっぱな弓はしまわれる。敵国が破滅したあと、謀臣は殺される』。天下がすでに平定された今、わしが煮殺されるのも当然だ」
司馬遷(著)/小川環樹・今鷹真・福島吉彦(訳)『史記列伝(三)』岩波書店 1975年より

淮陰侯とは韓信のことである。韓信と言えば、“韓信の股くぐり”の逸話が良く知られ、また、漢の大臣である蕭何をして「韓信のような人物は国家的な人材でありまして、二人とはおりません」(国士無双)と言わしめた勇将であり、是等の話も此の「淮陰侯列伝」に由る***
漢(劉邦)の武将として斉を平定し、斉の王となり、楚漢の戦に於いても漢に勝利を齎す戦功を挙げた韓信だが、韓信は嘗て、斉の知識人である蒯通に「大王さまはご自身では漢王と親しいとお思いで、遠いのちの子孫までつづく事業を立てるお心組でございましょう。わたくし恐れながらそれは間違いと思っております」と言われ、「(当該註:前項の「越王勾践世家」に在る)大夫種と范蠡は一度滅亡した越を存続させ、勾践を覇者とし、てがらを立て名声をあげたのですが、その身は殺されました。野のけものがとりつくされますと、猟犬は煮殺されるものです。…(中略)…忠誠ということから申しますれば、大夫種と范蠡の勾践に対する態度以上ではありません。この二人の例は、充分参考になります。どうか大王さまには、深くご考慮くださいませ」と進言を受けていたのである。

*** 麻雀の手役(役満)の「国士無双」は兎も角、“狡兎死して走狗烹らる”の寓意も知らない協会事務局管理職は“韓信の股くぐり”の話も知っているかどうか…。

斉の王から楚の王になった韓信は、次第に漢の劉邦の不興を買う様になり、謀反を企てているという讒言・密告により捕らえられ、“狡兎死して良狗烹らる”と語った。前述の「人が言った通り」とは、蒯通の進言のことである。捕らえられた韓信は楚王から淮陰侯(殆ど無権力な淮陰の領主)に降格させられ、憤懣やる方ない韓信は、後にリアルに謀反を企てていることが発覚し、韓信一族は皆殺しにされる。晩年の自制を怠った韓信への司馬遷の評価も手厳しい。

『史記』以外にも“狡兎死して走狗(良狗)烹らる”は以下の古典にも登場する。

『韓非子』内儲説 下編 六微 第三十一

狡兎尽則良狗烹 敵国滅即謀臣亡
「太宰嚭、大夫種に書を遺りて曰く、狡兎尽くれば即ち良犬烹られ、敵国滅びなば即ち謀臣亡ぶ。大夫何ぞ呉を釈して越を患えしめざるやと」
金谷治(訳註)『韓非子(第二冊)』岩波書店 1994年より

“狡兎死して走狗(良狗)烹らる”の初出は『韓非子』とされている。書かれた年代からしてそうだろう。
『史記』「越王勾践世家」と同様、呉越の戦と家臣の話であるが、『史記』「越王勾践世家」の物語とは異なり、こちらは共に越の有能な大臣同士の范蠡が大夫種に警告の手紙を送ったのではなく、呉の太宰(宰相)の嚭が越の大臣である大夫種に警告の手紙を送ったことになっている。呉の太宰嚭が言うには「呉を完全に滅ぼしてしまうと貴方も用済みになり、いずれ殺されてしまいますよ」ということだ。呉の太宰嚭は『史記』「越王勾践世家」にも出て来るが、司馬遷には謀略家で貪婪な人物として描かれている。

『韓非子』には面白い(興味深い&笑える)説話もあるのだが、著者である韓非は性悪説に依っており(徹底した人間不信)、人民の統治の在り方を徳では無く、法術で秩序たらしめるようとする人間観や社会観は、個人的には好きになれないし、共感もできない。

『淮南子』説林訓

狡兎得而猟犬烹 高鳥尽而強弓蔵
「狡兎が得られれば猟犬が烹られ、高鳥が尽きれば強弓は蔵せられる」
–小野機太郎(訳)『支那哲学叢書 第10淮南子 現代語訳』支那哲学叢書刊行会 1925年より

出典の『淮南子』「説林訓」は諸子百家の説話から“林”の様に集められて編纂された(だから「説林訓」らしい)。『史記』や『韓非子』に有る様な背景事情や物語を略して、バラバラと名言・格言・説話が並んでいる。「説林訓」の前編である「説山訓」も同様の形式である。

『淮南子』は雑家と分類されるだけあって、事典的で、やや取り留めが無い感じもあるが、道の思想から導かれる人の深淵を覗き込む様な説話は惹き付けられるものがある。


…と、余計な個人的感想も含めてしまったが、以上見て来た様に、“狡兎死して走狗烹らる”は中国の古来から在る諺で、韓非的な分類では、君主が見抜かなければならない臣下の隠し事である「利害有反(儲けることがあって反面で損をするものがある)」の一つの謂ではあるが、又、仮令、優秀な能力を持っていたとしても、栄光と転落は隣り合わせである悲しき“宮仕え”の身の処し方へ警鐘を鳴らす、二千数百年経った現代にも通じる寓喩であって、その意味や表現、論理や修辞も、それを「知っているか?」と問うことも、何処の・何が・誰を「侮辱」してんだか、教えて欲しいんだけど?

古人の生き様や故事成句を引用して、人生訓や処世術を語るなんて、何だか経営者のブログみたいになってしまったが、【後編】はいつもの様に“批判”精神をフルに発揮して、労働組合ブログらしくなる。

To be continued…

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