[集会報告]十思カフェ vol.95「メディア協働と社会的インパクト創出の可能性〜キャンペーン報道「旧優生保護法を問う」から考える〜」/問われる救済法と5・28仙台地裁判決

十思カフェ vol.95「メディア協働と社会的インパクト創出の可能性〜キャンペーン報道「旧優生保護法を問う」から考える〜」

IMG_06662019年5月23日(木)、たまたまチラシで知った中央区(東京都)が行っている社会貢献活動「協働ステーション中央」の「十思カフェ」に参加した。

中央区が行っている社会貢献活動促進事業を「協働ステーション中央」が仲介・サポートし、各非営利団体の様々な活動を官民共同で促進するという趣旨で活動を行っている様だが、初めての参加だった為、今一つ仕組みが理解出来ていないので、こちら中央区社会貢献活動情報サイトをご覧になって頂きたい。でも、なかなか素敵な取り組みである。
さらに素敵なのは、会場となった拠点施設の「十思スクエア」で、旧中央区立十思小学校(1928年築)をそのままに、外観も内装もとても趣があって、訪れるだけでも価値が有る建物だった。

001初めて参加する、協働ステーション中央が主宰の「十思カフェ」の何が私の興味を惹いたのかというと、第95回となる今回のテーマは「メディア協働と社会的インパクト創出の可能性〜キャンペーン報道「旧優生保護法を問う」から考える〜」で、ゲストスピーカーは旧優生保護法の強制不妊手術の実態を追い、報道していた毎日新聞東京社会部デスクの栗田慎一氏だったからだ。

旧優生保護法の強制不妊手術については、我が組合掲示板ブログでも、知的障害福祉関係者、特に日本知的障害者福祉協会(日本精神薄弱者愛護協会)の過去の関わりを『愛護』誌の論調から概観して来たところである。優生学から優生思想・保安処分を当然とする論調から、人道上の見地から優生手術の施行を憂う論調、保護・指導の下での“それが彼らの為”というパターナリズムまで、関係者の捉え方は様々で、時間があれば私個人的にも、もっと深く掘り下げたいところなのだが、労働委員会闘争の真っ最中でもあって、なかなか時間を割くことができずにいる。

一方、当の現在の福祉協会はどうかというと、ほとんど関心が無い様で、「意思決定支援」云々と特別委員会まで設置しているのに、協会Web Siteで厚労省からの関係通知を転載している程度で、具体的な声明や自組織の過去の関わりの検証は為されている気配がない。他にもやる事は多いんでしょうけどね。
…と、協会の問題意識の有無や事務局の対応能力を嘆いていてもしょうがないので、この程度にするが、他の障害福祉・当事者団体は障害者への重大な人権侵害として、被害者救済に取り組んでいることは、ここで改めてご紹介するまでもないだろう。

カバー-強制不妊

毎日新聞取材班(編)『強制不妊 旧優生保護法を問う』毎日新聞社 2019年3月

実は、「十思カフェ vol.95」参加に先立って、毎日新聞取材班(編)『強制不妊 旧優生保護法を問う』(毎日新聞社 2019年3月)を読んだばかりだった。各地で起こされた国家賠償請求訴訟の最中での出版ではあるが、これまでの新聞報道と被害者救済への動向、巻末資料には各地方自治体の優生保護審査会の議事録を含む開示資料や旧優生保護法を巡る社会と障害者運動の関係を年表でまとめられており、大変有用なルポである。
障害者の人権を踏みにじる立法・行政の犯罪行為を追及するキャンペーン報道に尽力されていた栗田氏が、なぜこの問題を追うことになったのか、具体的なお話をお聞きする貴重な機会であった。

旧優生保護法の強制不妊手術国賠訴訟を最初にスクープした毎日新聞仙台支局の若手記者は、当初「ゆうせいほごほう」って何? 「ゆうせい」って「郵政」か「(菊池)雄星」(笑)か? そんな訳ないよなぁ…程度の知識しか無かったとのことで、実は栗田氏も同様であったらしい。しかし、こんな酷いこと(まさにその通り)が、戦後の日本で公的に行われていた事実に驚いたことを率直にお話しされた。

私も20数年前に愛護協会(現・福祉協会)に勤務し始めた頃、元施設職員の事務局職員の先輩に、過去に施設利用者へ不妊手術や子宮摘出手術が行われていたことを聞き、衝撃を受けたことがある。しかし、重度の障害者には已むを得ない措置であったことが前提して語られ(その職員も酷い話だということは認識していたようだったが)、「そういうものなのか」と、蟠りはあったものの当時為されていた障害のある人達の処遇のリアルに、無理矢理自らを納得させてしまったことを今でも覚えている。
しかし、保護・指導・訓練の対象である施設処遇の客体から当事者中心へと権利の主体としての支援、ノーマライゼーション思潮の高まりに伴い、飽く迄私の実感としてだが、一部の障害者運動団体含む社会運動に関わる人達を除き、知的障害福祉の暗黒面・黒歴史として大っぴらには語られ無くなって行き、世間一般からも知られることは無くなった。
その後、1996年に優生保護法は「母体保護法」へと改正され、誤った優生学・優生思想に基づいた「優生手術」は廃された。しかし、1997年に福祉先進国家として知られるスウェーデンで優生思想による障害者へ強制不妊手術がなされていたことがセンセーショナルに報道され*障害者の人権侵害の重大な問題として、改めて明るみになったことを記憶している。

* 例えば、“Shameful chapter in history of Sweden Sterilization: Almost 63,000 people, more than 90 percent of them women, were rendered infertile at the orders of state authorities during a 40-year national program of eugenics.” Baltimore Sun, 1997.9.10

勿論、1970年代の優生保護法改正法案の国会審議に伴い、「障害者殺し」「健全者のエゴイズム」に抗議する障害者運動家と「産む産まないは女性の自由」を主張する女性運動家との対立が表面化したことは私でも知っていた。その論争が不妊手術への直接的な批判にまで昇華されずに終わってしまったが、1980年代に入ると、優生保護法による不妊手術は人権侵害ではないかという世論が次第に高まり、国の予算措置は残されたままだったが、手術はほとんど行われなくなっていった。それが1990年代に入り、この時期にははっきりと思考の枠組み=パラダイム転換が成されたように思ったものだ。

脱線したので、栗田氏のお話に戻ると、被害者らが訴訟提起に踏み切ったこと、“恥ずかしながら”、旧優生保護法の強制不妊手術について全く知らなかった事実、関係者への取材を続け、知れば知る程、現代の人権感覚から大きく外れた強制不妊手術の実態に衝撃を受け、毎日新聞紙上で大きく1面トップでキャンペーンを張ることが組織決定された経緯が語られた。新聞社内の掲載記事の決定プロセス含め、生々しいの経過をご本人の口から聞くことができたのはこの集いならではであったIMG_0694

19:00から21:00までたっぷり2時間お話と質疑に答えて下さり、メディアと市民との積極的な協働で、社会問題の掘り起こしを図り、より良い市民社会の創造を、という上手いまとめでお話を終えられた。

終了後、栗田氏と参加者で少々懇談があり、私も折角なので、知的障害福祉に携わる端くれであることを伝え、栗田氏ら取材班がまとめられた前述の単行本に「ぜひ、ご署名をお願いできますか?」と尋ね、栗田氏に差し出したところ「え!私ので良いんですか?(笑)」と照れ笑いしながらもご快諾いただき、サインと素晴らしいメッセージを頂戴した。
いやぁ、ミーハーなもんで…ありがとうございました。(笑)

問われる救済法と5・28仙台地裁判決

この集いから5日後、5月28日(火)に旧優生保護法による不妊手術への国家賠償請求訴訟の仙台地裁判決があった。これは全国7地裁に20人が提訴・係争している中で、初の判決であった。

関心のある読者諸氏は既にご存知の通りだと思うが、仙台地裁判決は、Reproductive Rightsは保障されるべき基本的権利であり、旧優生保護法による不妊手術は憲法第13条「幸福追求権」に反し、無効とするものの、国の立法不作為、即ち、優生保護法から母体保護法へと法改正された後も国が被害者救済を怠ったことは認めず、賠償請求権の除斥期間20年(民法724)を理由に原告らの計7,150万円の損害賠償請求を棄却し、事実上の敗訴となった。
原告らはこの仙台地裁判決を不服として531日に仙台高裁に控訴した。

判決に先立ち、2019年4月24日に「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(以下、救済法と略)が議員立法により成立した。
救済法成立は一定の評価し得る部分もあるが、しかし、「我々」等と責任の主体を曖昧にしたことは法案段階の以前の記事でも批判的に取り上げた通り。又、一時金一律320万円は、本人の同意なく健康体に医的侵襲行為を為され、Reproductive Rightsを奪われた人々への被害回復の賠償として、十分な金額と果たして言えるのだろうか。
さらに、知的障害のある人等に対して、救済措置に必要な「診断書」提出等の事務的な手続きは勿論のこと、周知・広報についての合理的配慮が欠けていると言わざるを得ない面がある。それ已然に、手術されたのかどうかすら自体を理解できていないケースがほとんどと考えられ、彼等自らが申請・請求することは現実的ではない。障害福祉関係者・支援者が代理申請ができる様、早急な見直し・改正が必要である。

司法判断と立法措置が時系列的に錯綜してしまったことは、被害者救済に功罪相半ばするところではあるが、はっきりと旧優生保護法の違憲性が示されたことの意義は大きいとしても、民法上の除斥期間の形式的な司法判断ではなく、物言えぬ権利行使の困難な多くの社会的弱者の被害救済に人権擁護の立場から、今後の高裁控訴審での判決や各地での地裁判決に正義の裁きを求めたい。

「十思カフェ」でも栗田氏が指摘し、危惧していた「障害者はいらない」というNIPT(新型出生前診断)デザイナーベイビー(Designer Babies)という新たな優生思想が蠢いている現実に対し、マスメディア関係者と障害当事者、障害福祉関係者との協働で、差別や排除のない未来を創造していく責務を担っていかなければならない。

…The end

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