[職場闘争]第3回団交報告 part 2 〜就業規則変更経緯/組合敵視言動/その他要求諸々〜

就業規則改定経緯について

第1回団交から要求している2013年4月の就業規則改定経緯についての文書提出については、第2回団交でも提出されず、今回第3回団交でも提示されなかった。三六協定についても然りであった。
就業規則変更は2013年3月1日の職員会議「事務局調整会議」で職員に変更案が配布され、職員に説明し、職員から異論が出なかった*のでそれで良しと判断した、労基法に則った作成・変更手続きは知らなかったと末吉事務局長は話しており、この度の協会顧問弁護士(当時)の説明も、第1回団交での末吉事務局長の説明を繰り返すだけであった。しかし、当初から末吉事務局長の話もその経緯説明が時系列的に言っても怪しいと思っていたので、本人はいないが再度質問をぶつけてみた。

* その場で異論が出なかったのは確かにその通りだったが、実は“異論が出た”らしく、実際その“出された意見”とやらで、改定案が正式承認される際に、職員に何の説明もなく無断で1条項を付け加えたのである(第6回団交報告参照)。

(当該)      あとちょっと気になったのはですね、第1回団交のときに、その点について彼にどうだったんですかって、労働者代表の意見書を付けたんですかって、その過程について私はちょっと聞いておりませんけれども、と言ったときに、付けなかった、いや、相応しい人を選んだというような言い方もされてて。なので、こちらとしては、付けたのか、相応しい人とは誰の意見を付けたんですか? それとも付けなかったんですか? どっちなんですか? というのも、今回知りたかった。そこで明らかになることだろうなと思っていたんですね。なので、彼の発言もいろいろ揺れてるところもあって、記憶がないかもしれませんけれども、少なくとも労基署に提出しているものですから、もちろん何かしら残ってるでしょうし。
(協会顧問弁護士) 末吉さんからの説明を記憶に基づいてお話しをいたしますから、必ずしもこれが正確であったかどうかはちょっと置かせていただきたいのですけど。先ほどご指摘があった、就業規則が改正された、その手続きの完成系として、それを労基署に届けて、ということすらしていなかったというふうに私は聞いています。していなかった時期があった。というふうに聞いています。これってどうすればいいのですか、というふうに尋ねられて、それでは労働者代表を、手続き的には選出してもらって、その方が改正就業規則について承認をした旨の、代表者としての署名をもらわないと労基署に出せないので、それはぜひもらって提出してくださいね。提出していないということは、問題ですね。ということを、時期はともかくとして、以前にお話しをした記憶はあります。
(当該)      それは最近のお話ですか?
(協会顧問弁護士) ちょっと、ごめんなさい。
(当該)      いつとはあれですけど。我々が団交要求して以降の話ですよね。
(協会顧問弁護士) それもはっきりはいたしませんけど。それ以前ではなかったかと、記憶はありますが、ちょっと正確ではないので。特段断定することは差し控えさせていただきます。

…中略…

(協会顧問弁護士) 逆に、改定されていなかったから、労基署に提出しなければならないということを理解していなかったということが、末吉の私に対する説明です。そのこと自体を非難されればそれについては知識不足であったということは協会として認めざるを得ません。
(当該)      末吉事務局長からその話があったのはこの団交の、第1回団交以降の話ですか?
(協会顧問弁護士) 恐縮ですが、恐らくはそれ以前ではなかったかというのは、認識はしていますが、正確な応答としては、発言は控えさせていただきます。
(当該)      私の記憶っていうか、H弁護士(注:協会顧問弁護士のこと)が協会の顧問弁護士になったのは、昨年(2015年)の話ですよね。
(協会顧問弁護士) 昨年でしたかね。一昨年。
(当該)      一昨年(2014年)ですかね。
(協会顧問弁護士) だったような。
(当該)      Y君の件のやり取りでのときからですかね。
(協会顧問弁護士) ごめんなさい。記憶が定かではありません。記録には残しておりますので。
(当該)      ちょっと疑問に思ったものですから。

このように話をはぐらかしていたが、協会顧問弁護士が協会と関わるようになったきっかけは、こちらでも触れたが、元職員のY氏を退職勧奨で職場から排除する“汚い”仕事を、自分の手は汚したくない末吉事務局長によって、弁護士の権威を借りて、“首切り”業務委託させたことが始まりである。私の記憶では2014年の暮れくらいからの話だ。その後、上手いことY氏を自主退職に追い込んで、首尾よくことを運んだ当弁護士は翌年の2015年に協会と顧問契約を結ぶことになった。

さらに次回の第4回団交で事実が判明するのだが、2013年4月の就業規則変更は、2016年3月30日に正当な手続きを経ず、こっそりと労基署に届け出されていたのである。末吉・顧問弁護士たちの有耶無耶で雲を掴むような回答はこの事実を隠したいがためのものだった。 末吉事務局長の団交からの逃亡もそうだが、最初から我が組合(というよりも全職員に対してだ)に嘘をついて誤魔化そうとする等、協会の不誠実さは酷いものだったのである。

我が組合は、就業規則変更手続きと三六協定締結の有無についての確認も含めて、再々度の調査と書面での回答提出を求めた。

組合敵視言動について

第1回団交翌日の水内事業課長代理の不当労働行為紛いの組合敵視について、それについてどのような指導を行ったのかも末吉事務局長の欠席により、協会から回答がなかったが、協会顧問弁護士とのやり取りはこんな感じだった。

(当該)      アンケート案のメールで、H弁護士からいただいた。不当労働行為云々という、それと就業規則改定時での、こちらから言えば末吉さんの不適切な対応というのはちょっと別の問題でして。不当労働行為について、前回申し上げたのは、水内事業係長代理が、こちらから、組合加入通知書、第1回団交要求した以後、こちらを睨み付けるような態度を取ったりとか、かなりな敵対行為を見せてると。どうも他の職員に対して、組合について何かいろいろ聞いてる節もあるようでして。そういうことをやり過ぎると不当労働行為としてこちらも認識せざるを得ないということが申し上げました。それが、こちらが言う不当労働行為ですね。それについても、前回、もちろん労働組合法第7条に当たる不当労働行為は、やめるように指導をしてくれということは末吉事務局長には言いました。それについて、じゃあどういう指導を行ったのかということを聞きたかったわけですけれども、何かそれについてお聞きになってることはありませんか?
(協会顧問弁護士) 私が承知している限りで特段誰に対してどんな指導を行ったというようなことは、末吉からは聞き取っておりません。ただ、全体としてのニュアンスでは、誰がそれをしてるんだろうか、よくわからないなということは、感想レベルとしてはお話をされています。
(南部労組A)   末吉さんがですか。
(協会顧問弁護士) はい、そうです。
(当該)      協会内において、組合敵視的なそういう行為は存在しないというのが彼の見解と。
(協会顧問弁護士) 存在すべきではないと言ってます。
(当該)      もちろんそうです。

末吉事務局長が本当にそう思っているのか、“不当労働行為って何?”って感じだろうと思うが、今回は当の本人が“飛んで火に入る夏の虫” 宜しく水内事業課長代理が書記として参加しているので、確実に本人には伝わったことだろう。

その他要求諸々…

関連して前回に引き続き、団交時の協会会議室の使用を求めた。団交会場は労使関係が展開されている場所が基本であり、隠れてコソコソ別会場でやるのは労働者の団結権擁護の観点から好ましくないのが理由だ。加えて、今回新たに事務所内の組合掲示板の設置を要求した。

このように第3回団交は実質的な進展をほとんど見せないまま終了してしまった。
第4回団交は、2016年9月15日午後6時からで日程調整を行ったが、末吉事務局長不在のまま決められた日程であり、また逃亡を許してしまうことになりかねないので、団交要求を書面で行い、末吉事務局長が出席可能な日で再調整を求めた**。次回団交には絶対に彼を協議のテーブルに着かせなければならない。でなければ、各協議事項の責任の所在が不明になり、徒らに団交を重ねても実りあるものにはならないからである。

** 後に9月15日は末吉事務局長が出張で不在であることがわかり、彼が出席可能な日時で再調整を協会に要求した。ところが、協会からの回答は「末吉事務局長は、当分の間、協会として団交出席者に加えることを予定していません」という当事者・責任者の団交からの逃亡を居直る許し難い回答だったため、我々は書面で抗議、結局、第4回団交は2016年10月6日となった(この間の経過については第4回団交報告参照)。


後日談

第3回団交は6月に就任したばかりの太田常任理事を交えての団交であったことと、実はこの団交翌日、太田常任理事のことを良く知っている協会関係者のK先生とI事業課係長、当該で、太田常任理事の就任歓迎会を兼ねた晩餐会を御一緒させて頂く予定が入っていたので、事前に南部労組の仲間には、斯々然々の事情で明日の雰囲気が悪くならないように進行しましょう!とお願いしていたのだった。(笑)
いつにも増して穏やかな団交のお蔭で、協会事務局では完全に浮いた存在になっている当該にもかかわらず、懇意にして頂いているK先生と就任する数ヶ月前から色々と前評判を聞いていたが、協会の労働問題は兎も角も、今後の関係は良くしておきたい太田常任理事との楽しい一時を過ごさせてもらった。

別れ際、太田常任理事に「昨日は団交お疲れ様でした。就任早々大変だったでしょうけれど、私も早く解決できればいいと思っています」と言う様なことを話したところ、「まあまあ、育成会の様にならないようにしなくては…」と困った顔をして言っていた。育成会、即ち全日本手をつなぐ育成会の件が出て来ることに「おや?もしや…」と訝しく思いつつも、当該としても争議が泥沼化するなど御免蒙りたいのは同じであった。

ところが、この記事を書いている2018年4月現在、太田常任理事含めて協会の不誠実極まりない組合対応の所為で、遂に不当労働行為救済を労働委員会に申し立てられる。いやはや、日本知的障害者福祉協会は全日本育成会の労働争議と同じ轍を踏んでいるではないか。
太田常任理事もその後、全ての事務局職員と個別面談を持つなど良好な関係作りに努力をしていたことは評価できるが、それも1回きりで終わり。結局は大勢に流されて、協会事務局を私物化している末吉らの悪弊に左袒した結果がこれだ。太田常任理事には争議責任を痛感し、猛省して頂きたいものだ。

 第3回団体交渉のテキスト反訳をお読みになりたい方は、お名前・所属・目的を明記の上ご連絡ください。PDFファイルをお送りいたします(場合によってはご希望に添えないこともあります)。

 

 

…The end

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