[日々雑感]全国大会特集号について〜『さぽーと』編集部から見た「大会アラカルト」B-side〜

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『さぽーと』2017年12月号

2017年9月27日〜29日の3日間、第55回全国知的障害福祉関係職員研究大会が愛知県名古屋市で開催された。本日12月13日に『さぽーと』2017年12月号 特集「第55回全国知的障害福祉関係職員研究大会(愛知大会)」が全国の読者諸氏に発送されたので、全国大会特集号に纏わる『愛護(AIGO)』『さぽーと』の歴史と協会事務局内部のお話を。本誌の個別な記事内容とは直接関係がないので予めご承知おきください。

『さぽーと』の前身である『愛護』は、1963年11月号(No.72)で第1回全国精神薄弱施設研究協議会(愛知大会)を特集している。それ以降、例年『愛護(AIGO)』『さぽーと』で毎年大会特集を組んで来た。全国大会に参加できなかった施設職員(会員)にも機関誌上でその内容を伝えたいという趣旨で掲載されてきた経緯がある。
これは別に日本知的障害者福祉協会に限らず、他の団体も大会特集号を通常号に組み入れるか、または別冊・増刊号にするかの違いはあれど行っていることで、機関誌としては会員・読者への当然の配慮であろう。

2010年の和歌山大会までは『さぽーと』全ページが大会記事だったが、大会後の報告原稿作成で大会事務局の負担も大きく、『さぽーと』編集部の編集作業もなかなか大変で、また、読者からもレギュラーコーナーは残して欲しいという声もあったため、2011年の栃木大会から、全ページの特集はやめて、レギュラーコーナーを残して特集枠の拡大版という現在の誌面構成になった。

当該組合員は1993年の兵庫大会から2015年の高知大会まで、当該が鬱で仕事を休みがちだったために途中何回か行けなかった年もあったが、この間のほとんどの全国大会を写真撮影・取材してきた。
かつて当該自身が記事を書いたこともあったが、基本的には大会事務局への報告原稿を基にしているので、取材は誌面構成考えながらの絵作り(写真撮影)が主であった。しかし、各地の独自色を出した大会の雰囲気や全国から参加される職員の方々、県内から集まったスタッフの大会を成功させようという熱気を、目と耳と肌で感じて数ヶ月後の大会特集号の誌面に反映させることも編集者として大事な仕事であった。あと、字数の限られた個別の報告原稿からだけでは大会の空気感がうまく伝わらないこともあり、内容に過不足があった場合、この講演はこの辺を詳しく拾おうとか、この分科会はページを増やし、こっちの分科会は減らすことができるとか、現地に行っているといざ編集の段になってその判断が着けられて、編集作業も捗るという実務的な理由もある。
長年そういう手法で『さぽーと』全国大会特集号を編集してきたので、昨年行けなかった北海道大会の大会特集号は編集作業をしていても、手探りで何かを作っているようで、どうもピンと来なかった。

さて、当該組合員は去年も行かなかったが今年も全国大会にも行っていない。なぜ行かなくなったのか?
昨年の北海道大会の実行委員会の方からも「去年の高知大会でお会いしているから来るものとばかり思っていた」とか、今年の愛知県の関係者にも「xxxxさん(当該組合員のこと)、来ないの?!」と何人かから言われたが、「なぜ行かないかは管理職たちに聞いてください」としか言えない。

昨年から、何の説明もなく行かなくていい(というか「行くな」だろうな)ということになった。当然、合理的な理由があってのことだろうが、当該は説明を全く聞いていない。特定の職員に業務連絡をしない、担当業務から外す、もっと単純に嫌いだから行かせないだの、権力者にしかできない典型的な職場の嫌がらせ=ハラスメントだろう。
ましてや組合員だから行かせないという理由ではよもやあるまい。そんな違法不当な動機からだとしたら、協会がどんな処分を受けることになるのか知らない訳ではないだろう。いや、これまでの協会(準)管理職の数々の無自覚な不当労働行為・組合敵視言動を鑑みれば、知らない可能性もあるな。

去年は新人職員がいるからということで、新入り事務局職員のFm君が北海道大会のお手伝いに行った。これは協会事務局員として施設職員の方々の大きな大会で生で触れ合えるとても良い機会であり、研修の一環としても有意義なことである。しかし、今年の愛知大会は誰か別の事務局職員が手伝いに行くわけでもなく、行ったのは古株の職員T・水内・末吉である。去年のように新しい人に参加させようという趣旨に従えば、まだ全国大会に参加したことがない若手の事務局職員もいるはずなのだが…?
加えて言うと、末吉事務局長は長らく全国大会に参加せず、なぜか当該組合員と入れ替わるように、去年の北海道大会から事務局長になって初めて参加した。事務局(次)長なのに何で全国大会に行かないのかな? 協会の事務局長なのにまずいんじゃないの? と思っていたが、どうも、自分と一緒にいるのは嫌なのかしら? 当該組合員や気に入らない他の職員のことを指し、「あんな奴等と同じ職場にいて、同じ空気を吸いたくない」云々と協会役員に泣きついているという噂も耳に入っているし、まさか事務局長ともあろう者が、同じ職場で働く職員を排除してくれとばかりに会長に懇願しているとは思いたくないが、団交から逃げ回る姿からして、根拠のない噂とも思えない節もあるし、理由としては腑に落ちるものではある。

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2014年9月の全国(青森)大会にて

こんな胸糞悪い話は置いておいて(笑)、大会特集号に因んだ個人的なお話をすると、1993年の兵庫大会から写真班を任されるまでは、写真やカメラに関する知識はほとんどなかったが、その出来栄えを当時の“編集長”のT事業課長とO総務課長に認められ、それ以来公私共にすっかり写真表現にハマってしまった。
2006年の秋田大会からは、ひょんなことから“訳有り”で購入した協会のCanon EOS-5とEOS-5 Mark II 2台にLレンズ群という、プロスペックなデジタル一眼レフカメラシステムになり、DTP組版と共に格段に編集効率とクオリティを上げることができた。

全国大会でお会いした職員の方々と『さぽーと』誌について生の声を聞かせてもらったり、知り合いの職員の方と久しぶりの再会に感激したり、地元カメラマンと親しくなって、取材撮影や効率よく物撮りする方法、写真談義に花を咲かせたりと、全国大会の取材では楽しく仕事させてもらっていたが、楽しく仕事していると楽しくない仕事している人間から妬まれるのはしょうがない。

因みに、標題の「大会アラカルト」とは全国大会の大会実行委員に書いてもらう大会裏話のこと。これも『愛護』1963年11月号の愛知大会特集号から続くコーナーで、当時は「こぼればなし」。今年の愛知大会特集号で言えば、pp.37-38がそうである。そして、この組合掲示板ブログの本記事は『さぽーと』編集部から見たさらに裏々話(ドーナツ盤のシングルレコードを知っている世代の人ならわかる“B面”)。
兎も角、編集者としては手探りでもやもやした思いはあったが、全国(愛知)大会の実行委員会と『さぽーと』編集部で一生懸命作った本号を是非お楽しみに。


第1回の愛知大会特集号「論苑」から

 

冒頭でお話した『愛護』1963年11月号 特集「第1回全国精神薄弱施設研究協議会」の「論苑」(協会の社説のようなコーナーで、数年前から『さぽーと』にこのコーナーはなくなり、現在の「巻頭言」のようなもの)にこう書かれている〔執筆者は不明、当時の脇田悦三(京都・白川学園)会長か?〕。

“ことあげせぬ”をことを美徳としてきたこの国の習わし、殊に現場にあるものは唯々もくもくと日々努力するを尊しとされてきたこの仕事。が、それではいつも少数の指導者に引きづられるだけだし、うったえるすべも知らぬ精薄児・者は一体どうなるのだ、とばかり施設に働く者が談り合う協議会を持って数年。回を重ねるに従って可なりの成果を上げてきた。
今年は之までの東と西に分かれていたこの研究の集いを、一本にまとめ名古屋で行った。“全国精神薄弱施設研究協議会”というタイトルである。参加者の幅も拡がったが、発表内容も多岐に亘ってきた。しかもその掘り下げも深かった。嬉しいことである。これから後も斯うした会合を盛んにしたいものだ。

部会場できき耳をたてていささか疲れをおぼえ、ロビーに出てホットひと息いれた私の頭に、フト次のようなことがうかんできた。
── 長い人間の歴史の流れの中で、精薄の存在は、どんな意義をもってきたのだろうなァ。そしてわれわれの施設は、職員は、今どんな役割を果たしているのだろうなァ ──と。
こんなテーマで研究討議するのも面白いような気がしたのである。
時の流れは早い。次回の会議に備えて、今から協議会の持ちかたについても、大いに“ことあげして”一層の発展を期したいものである。

「この子らを世の光に」 ── 私たち関係者は、障害のある人たちの存在を社会全体に照射させる営み、その価値や魅力を伝え、次代に繋げて行けているのだろうか。国の制度施策にかき回されたとしても、大いに“ことあげして”行かねばならない。
重度障害者の大量殺傷事件、障害者・児童虐待、解雇、貧困、優生思想 etcといかに闘うか、それが福祉の原点であり、Social work / Social Actionだと感じさせられる。

この当時から55年を経た第55回全国(愛知)大会に参加されたみなさんはどの様にお感じになるだろうか。


【おまけ】さらにトリヴィアなお話を…

gammaron1960〜1970年代の『愛護』にはこういう広告が載っていた。

この「ガンマロン」実は現在も販売されている。
当時服用していた利用者さんはいたのだろうか?

さすがに今は効能として「ちえおくれ」(当時の表現)は謳っていないようだが。

…The end

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